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北海道川上郡の町

標茶町

標茶町
インフォボックスの全データ 15
国
日本
地方
北海道地方
都道府県
北海道(釧路総合振興局)
郡
川上郡
市町村コード
01664-1
法人番号
4000020016641
面積
1,099.37km2
総人口
6,620人 [編集](住民基本台帳人口、2026年8月31日)
人口密度
6.02人/km2
隣接自治体
釧路郡釧路町、阿寒郡鶴居村、川上郡弟子屈町、厚岸郡厚岸町、標津郡中標津町、野付郡別海町
町の木
ナラ
町の花
コスモス
町長
佐藤吉彦
所在地
〒088-2312北海道川上郡標茶町川上4丁目2番地北緯43度18分12秒 東経144度36分02秒 / 北緯43.30331度 東経144.60064度
外部リンク
公式ウェブサイト
コッタロ湿原
コッタロ湿原
塘路湖
塘路湖
2枚の画像

標茶町(しべちゃちょう)は、北海道釧路総合振興局管内の川上郡にある町。主に富山県、長野県からの満蒙開拓団(弥栄開拓団)の引揚者が戦後多数移住した。

町名の由来

現市街が設けられている地点のアイヌ語名、「シペッチャ(si-pet-cha)」(大・川・岸)が由来である。この由来についてアイヌ語研究者の山田秀三は、当地はアイヌ時代より現在の釧路と標津・斜里を結ぶ交通の要衝であり、標津や斜里から山越えをして初めて釧路川の大川端に出る地点であるためこの名称が付いたのではないか、と解釈している。

地理

釧路総合振興局のほぼ中央に位置する。距離は釧路市中心部から北東に約40km。東は厚岸町、別海町、中標津町、西は鶴居村、南は釧路町、北は弟子屈町と接する。町の面積は1,099.56 km2。日本全国の町村では、6番目に広い。

町を南北に釧路川が流れ、川に沿って釧網本線、国道391号などの交通網が走る。

南部には釧路湿原を有する。釧路湿原の総面積18,290haのうち標茶町が占める面積は11,993haで全体の約65%にあたり、四市町村中最も多い。

町の境界線を北西を上にして見ると羊のように見えるとされている。

山岳

河川

湖沼

隣接している自治体

地名の変遷

標茶町では発足して以降廃止された字はないものの、1951年1月1日をもって大字が廃止されて設定されたのが現在の字であり、町の沿革には字を廃止した旨が記されていないことから実質各小字の大字を外したものであると思われる。また発足時は熊牛村という村名であり、また大字熊牛村があったものの標茶村への改称により大字名も標茶村へと改正された。登記上・標茶町史上に見られる字の一覧は以下のとおりである。

大字対照表
大字 旧大字名 小字(現在の字)
標茶村 熊牛村 標茶、標茶開運橋向、チャンベツ、ルルラン、熊牛原野、熊牛原野7~24線東、熊牛原野10~20線西、多和、ヌビナイ、プライクニ、コムケップ、ヌッパシュナイ、オモチャリ、シロンド、オソツベツ、オソツベツ原野、オソツベツ原野23~34線、オソツベツ原野32線東、オソツベツ原野北25~26・29~33線、オソツベツ原野北31~33線東、上オソツベツ原野、上オソツベツ原野基線、上オソツベツ原野2・7線、上オソツベツ原野1~6・8~12線東、上オソツベツ原野1・3~9・14線西、中オソツベツ、中オソツベツ原野、ヌマオロ、沼幌原野、ヌマオロ原野、ヌマオロ原野基線、ヌマオロ原野東1線、ヌマオロ原野西1線、クチョロ、クチョロ原野、クチョロ原野北10~11・13・19~20・22・24~50線、クチョロ原野北19~20・22~27・30~33・40線東、クチョロ原野北14~23・46線西、中久著呂、中久著呂市街、中久著呂市街地本通、中久著呂市街地東1条通、中久著呂市街地西1条通、中久著呂市街地中通
塘路村 -- 塘路、塘路原野、塘路原野北2~3・5~15線、塘路番外、サルボ、マサコヤノシマ、ウライヤ、シラルトロエトロ、コッタロ、コッタロ原野、コッタロ原野北16~18線、コッタロ原野北16~18線東、阿歴内、阿歴内原野、阿歴内原野基線、阿歴内原野北1~7線、阿歴内原野南1~8線
虹別村 虹別、虹別原野、虹別原野57~70線、虹別市街、虹別市街1~5丁目、シアンベツ

なお上記のうち(大字標茶村字)標茶開運橋向は元は「開運橋向」という字名であったが1958年に橋の改称に伴い字名もそれに合わせて改正されたものである。

その後は弟子屈町・太田村の各一部の変更によるものや市街地住居表示によって以下の字名改正が見られた。

字名改正対照表
施行年 新設された字・町 自治体 区域(字・町) 内容
1955年 チャンベツ原野、チャンベツ原野基線、チャンベツ原野東1~2線、チャンベツ原野西1~4線、チャンベツ原野西2~3線南、上チャンベツ原野、上チャンベツ原野基線、上チャンベツ原野東1線、上チャンベツ原野東2~3線東、上チャンベツ原野東2~3線西、上チャンベツ原野西1~2線、中チャンベツ、中チャンベツ原野、中チャンベツ原野基線、中チャンベツ原野基線東、中チャンベツ原野北1~7線、中チャンベツ原野南1~2線、中チャンベツ原野南1~2線東、下チャンベツ、雷別、片無去 太田村 左に同じ 厚岸郡太田村の廃止、また同村のチャンベツ地区を編入したことによる字名設置。元来の字名をそのまま引き継いでいる。
1956年 奥熊牛原野基線、奥熊牛原野東1~2線、奥熊牛原野西1線、西熊牛原野、西熊牛原野西2~5線、栄 弟子屈町 字熊牛原野 弟子屈町の福島・鳥海部落を編入したことによる字名設定。それまでは弟子屈町字熊牛原野であった。
1959年 旭町 -- 標茶・標茶開運橋向 標茶町市街地の字名改正。従来は通称地名として呼ばれていたものを正式の字名として設定した。
富士町 標茶・標茶開運橋向・ルルラン
1960年 弟子屈 弟子屈町 字熊牛原野 弟子屈町の虹別・萩野部落を編入したことによるもの。それまでは弟子屈町字熊牛原野であった。登記上に見られる小字ではあるが公式に設定されたものであるかどうかは不明。
1995年 旭1~6丁目 -- 旭・標茶 字旭に丁目を設定し町名とした改正。
富士1~2丁目 富士・標茶 字富士町に丁目を設定し町名とした改正。
桜1丁目 ルルラン --
1997年 開運1~8丁目 標茶
1998年 川上1~10丁目
1999年 常盤1~10丁目
2000年 開運9~10丁目
2001年 桜2~14丁目 ルルラン
2002年 平和3~4・8丁目
2003年 平和1~2・5~7丁目
2004年 富士3~5丁目 標茶
2008年 麻生1~10丁目 ルルラン
現在の地名
旭1~6丁目、富士1~5丁目、桜1~14丁目、開運1~10丁目、川上1~10丁目、常盤1~10丁目、麻生1~10丁目、平和1~9丁目、標茶、標茶開運橋向、チャンベツ、ルルラン、熊牛原野、熊牛原野7~24線東、熊牛原野10~20線西、多和、ヌビナイ、プライクニ、コムケップ、ヌッパシュナイ、オモチャリ、シロンド、オソツベツ、オソツベツ原野、オソツベツ原野23~34線、オソツベツ原野32線東、オソツベツ原野北25~26・29~33線、オソツベツ原野北31~33線東、上オソツベツ原野、上オソツベツ原野基線、上オソツベツ原野2・7線、上オソツベツ原野1~6・8~12線東、上オソツベツ原野1・3~9・14線西、中オソツベツ、中オソツベツ原野、ヌマオロ、沼幌原野、ヌマオロ原野、ヌマオロ原野基線、ヌマオロ原野東1線、ヌマオロ原野西1線、クチョロ、クチョロ原野、クチョロ原野北10~11・13・19~20・22・24~50線、クチョロ原野北19~20・22~27・30~33・40線東、クチョロ原野北14~23・46線西、中久著呂、中久著呂市街、中久著呂市街地本通、中久著呂市街地東1条通、中久著呂市街地西1条通、中久著呂市街地中通、塘路、塘路原野、塘路原野北2~3・5~15線、サルボ、マサコヤノシマ、ウライヤ、シラルトロエトロ、コッタロ、コッタロ原野、コッタロ原野北16~18線、コッタロ原野北16~18線東、阿歴内、阿歴内原野、阿歴内原野基線、阿歴内原野北1~7線、阿歴内原野南1~8線、虹別、虹別原野、虹別原野57~70線、虹別市街、虹別市街1~5丁目、シアンベツ、チャンベツ原野、チャンベツ原野基線、チャンベツ原野東1~2線、チャンベツ原野西1~4線、チャンベツ原野西2~3線南、上チャンベツ原野、上チャンベツ原野基線、上チャンベツ原野東1線、上チャンベツ原野東2~3線東、上チャンベツ原野東2~3線西、上チャンベツ原野西1~2線、中チャンベツ、中チャンベツ原野、中チャンベツ原野基線、中チャンベツ原野基線東、中チャンベツ原野北1~7線、中チャンベツ原野南1~2線、中チャンベツ原野南1~2線東、下チャンベツ、雷別、片無去、弟子屈、奥熊牛原野基線、奥熊牛原野東1~2線、奥熊牛原野西1線、西熊牛原野、西熊牛原野西2~5線、栄、塘路番外

気候

春から初夏にかけては冷涼だが、夏には日照時間は短いながら最高気温が30℃に達することもある。秋は比較的晴天が多いが、晩秋には早朝の冷え込みが厳しくなる。冬季は-25℃前後の気温が観測されることが珍しくなく、寒さが厳しい。

標茶(川上郡標茶町開運、標高20m)の気候
月 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 年
最高気温記録 °C (°F) 7.8
(46)
12.4
(54.3)
17.0
(62.6)
27.5
(81.5)
32.8
(91)
32.7
(90.9)
35.2
(95.4)
35.1
(95.2)
31.7
(89.1)
25.7
(78.3)
21.0
(69.8)
14.1
(57.4)
35.2
(95.4)
平均最高気温 °C (°F) −1.4
(29.5)
−0.9
(30.4)
3.2
(37.8)
9.8
(49.6)
15.6
(60.1)
18.8
(65.8)
22.0
(71.6)
23.5
(74.3)
20.8
(69.4)
15.5
(59.9)
8.5
(47.3)
1.3
(34.3)
11.4
(52.5)
日平均気温 °C (°F) −7.9
(17.8)
−7.1
(19.2)
−2.1
(28.2)
3.6
(38.5)
9.0
(48.2)
13.0
(55.4)
16.9
(62.4)
18.4
(65.1)
15.3
(59.5)
8.9
(48)
2.0
(35.6)
−5.2
(22.6)
5.4
(41.7)
平均最低気温 °C (°F) −15.2
(4.6)
−14.7
(5.5)
−8.1
(17.4)
−2.3
(27.9)
3.1
(37.6)
8.4
(47.1)
13.0
(55.4)
14.6
(58.3)
10.2
(50.4)
2.3
(36.1)
−4.4
(24.1)
−12.1
(10.2)
−0.4
(31.3)
最低気温記録 °C (°F) −29.5
(−21.1)
−29.4
(−20.9)
−24.3
(−11.7)
−14.6
(5.7)
−7.1
(19.2)
−2.8
(27)
2.6
(36.7)
3.5
(38.3)
−1.7
(28.9)
−8.3
(17.1)
−16.2
(2.8)
−26.0
(−14.8)
−29.5
(−21.1)
降水量 mm (inch) 35.4
(1.394)
22.8
(0.898)
49.3
(1.941)
76.3
(3.004)
105.7
(4.161)
97.2
(3.827)
119.1
(4.689)
158.8
(6.252)
152.9
(6.02)
111.0
(4.37)
70.7
(2.783)
56.0
(2.205)
1,054.9
(41.531)
降雪量 cm (inch) 86
(33.9)
70
(27.6)
73
(28.7)
31
(12.2)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
8
(3.1)
69
(27.2)
338
(133.1)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 5.8 5.1 7.4 9.4 10.7 9.9 11.2 11.8 11.7 9.7 8.5 7.2 106.6
平均月間日照時間 149.8 152.3 171.6 160.2 161.4 131.4 108.4 112.3 128.7 152.4 145.5 145.1 1,719
出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1977年 - 現在)

沿革

金子遺跡や二ツ山遺跡、茅沼遺跡をはじめ、先史時代の遺跡が200以上確認されており、古くより人が暮らしていたことが分かっており、その子孫が現在のアイヌ民族と考えられる。

江戸時代には、トウロ(塘路)やニシベツ(虹別)などにアイヌが集落を形成して暮らしていたことが松浦武四郎などの記録に残されている。

1885年に網走刑務所の前身である釧路集治監が開設された。郡役場や戸長役場、日本銀行の出張所も設置され、一時期は釧路に匹敵する規模の町となった。服役する囚人は最盛期で2000人近くに上り、釧路-網走間の道路の建設、釧路鉄道の建設、川湯のアトサヌプリ(硫黄山)での硫黄の採掘などの役にあたった。

1887年には硫黄山の硫黄の輸送のため、標茶-硫黄山間に北海道で二番目の鉄道が建設された。硫黄は標茶で積み替え、釧路までは水運で運ばれたが、乱掘のため資源が枯渇し、採掘は9年足らずで廃止された。

1901年に釧路集治監は廃止され、機能は網走分監に移される。1903年の弟子屈村の分離も重なり、人口が激減するが、1908年に軍馬補充部が集治監跡地へ設置されたことにより、再び町は活気にあふれた。軍馬補充部は1945年に廃止、敷地の一部と建物は戦後まもなく開校した標茶高校に、残りの敷地は農地等に転用された。標茶高校の敷地が広いのは、これらの歴史的経緯のためである。

  • 1885年(明治18年)塘路村に熊牛村外四ヶ村戸長役場を設置。設置場所と呼称が異なるのは塘路村は仮設であり熊牛村への移転が既に決定されている為。同年熊牛村字標茶に釧路集治監開設。
  • 1887年(明治20年)硫黄山の硫黄の輸送のため、標茶-硫黄山間に鉄道(釧路鉄道)建設。
  • 1892年(明治25年)香川県の移民団「貫誠社」が塘路に入植するが、半年で解散。
  • 1901年(明治34年)釧路集治監廃止。
  • 1903年(明治36年)弟子屈・屈斜路の両村が弟子屈外一村戸長役場(現在の弟子屈町)として分離する。
  • 1908年(明治41年)軍馬補充部川上支部設置。
  • 1923年(大正12年)二級町村制施行に伴い、熊牛村、塘路村、虹別村が合併し熊牛村となる。
  • 1924年(大正14年) 虹別一帯で農地の開発が行われて大規模な入植が始まる。昭和初期まで3回にわたり300戸が移住してきたが多くは失敗に終わる。
  • 1927年(昭和 2年)釧網本線が標茶まで全通。
  • 1929年(昭和 4年)熊牛村から標茶村に改称する。改称理由は「熊牛」という名前が山奥を連想させるため
  • 1945年(昭和20年)軍馬補充部川上支部廃止。
  • 1950年(昭和25年)11月1日 町制施行、標茶町
  • 1953年(昭和28年)標茶駅前大火により104戸が焼失。
  • 1954年(昭和29年)弟子屈町から釧路市に向かう昭和天皇、香淳皇后のお召し列車が標茶駅に停車。駅前奉迎が行われた。
  • 1955年(昭和30年)太田村の一部(現在の茶安別地区)を合併。
  • 1956年(昭和31年)林野庁のパイロットフォレスト事業が始まる。原野にカラマツを植栽。
  • 1969年(昭和44年) 標茶町開道100年。記念事業として集治監本庁舎を釧路湖畔に移設して郷土博物館とする。

経済

産業

主要産業は酪農。農家の戸数は年々減少しているが、逆に乳牛の頭数は増大、大規模化が進んでいる。標茶町で酪農が開始されたのは昭和に入ってからで数戸の酪農家が生乳をバター、クリーム等に加工して釧路で販売していた。昭和9年頃から各地で集乳所が建てられ、本格的に酪農が行われるようになった。

近年は南部の塘路湖を中心とした観光開発が進み、釧網本線のトロッコ列車「くしろ湿原ノロッコ号」が釧路駅 - 塘路駅間にて運転されている。塘路湖ではカヌー体験などが可能。冬季はSL冬の湿原号が釧路駅 - 標茶駅間にて運転されている。

  • 釧路内陸標茶工業団地(優遇措置あり)

金融機関

立地企業

農協・漁協

  • 標茶町農業協同組合(JAしべちゃ)
  • 塘路漁業協同組合
  • 北海道農業共済組合(NOSAI北海道)
    • 釧路中部支所
    • 標茶家畜診療所
    • 標茶家畜診療所阿歴内分室
    • 虹別家畜診療所

郵便局

  • 標茶郵便局(集配局)
  • 塘路郵便局(集配局)
  • 虹別郵便局(集配局)
  • 磯分内郵便局
  • 久著路簡易郵便局
  • 阿歴内簡易郵便局
  • 上オソツベツ簡易郵便局

宅配便

公共機関

警察

弟子屈警察署
  • 標茶駐在所
  • 磯分内駐在所
  • 塘路駐在所

消防

林野庁

地域

標茶(市街地)、磯分内、厚生、多和、栄、ルルラン、南標茶、五十石、沼幌、虹別、阿歴内、塘路、久著呂、オソベツ、茶安別、茅沼

人口

1970年(昭和45年) 13,832人
1975年(昭和50年) 12,737人
1980年(昭和55年) 12,297人
1985年(昭和60年) 11,633人
1990年(平成2年) 10,701人
1995年(平成7年) 10,015人
2000年(平成12年) 9,388人
2005年(平成17年) 8,936人
2010年(平成22年) 8,278人
2015年(平成27年) 7,742人
2020年(令和2年) 7,230人
2025年(令和7年) 6,516人

標茶町と全国の年齢別人口分布(2005年) 標茶町の年齢・男女別人口分布(2005年)

■紫色 ― 標茶町
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
標茶町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

人口は1963年(昭和38年)の18,539人(住民基本台帳)をピークに減少が続く。

教育

町内にある北海道標茶高等学校は日本一広い高校(大学を除けば日本一広い学校でもあり、大学も含めた単一キャンパスの広さでは日本で三番目)。敷地面積は255万平方メートル。釧路管内で初めて総合学科が設置された。

  • 大学関連施設
  • 高等学校
  • 中学校
    • 標茶中学校
    • 虹別中学校
  • 小学校
  • 小中学校
    • 塘路小中学校
    • 中茶安別(なかちゃんべつ)小中学校
  • 閉校した小学校
    • 五十石(ごじっこく)小学校(1970年3月31日閉校)
    • 上磯分内小学校(1970年3月31日閉校)
    • 下茶安別小学校(1970年3月31日閉校)
    • 厚生小学校(1971年3月31日閉校)
    • 阿歴内第三小学校(1976年3月31日閉校)
    • 栄小学校(1978年3月31日閉校)
    • 開盛小学校(1979年3月31日閉校)
    • 萩野小学校(1980年3月31日閉校)
    • 上虹別小学校(1983年3月31日閉校)
    • 北片無去小学校(1984年3月31日閉校)
    • 阿歴内第二小学校(1995年3月31日閉校)
    • 中虹別小学校(2003年3月31日閉校)
    • 上御卒別小学校(2005年3月31日閉校)
    • 弥栄小学校(2007年3月31日閉校)
    • 中御卒別小学校(2014年3月31日閉校)
  • 閉校した中学校
    • 磯分内中学校(2012年3月31日閉校)
  • 閉校した小中学校
    • 上久著呂(かみくちょろ)小中学校(1969年3月31日閉校)
    • 新久著呂小中学校(1970年3月31日閉校)
    • 久著呂小中学校(1971年3月31日閉校)
    • 上沼幌小中学校(1979年3月31日閉校)
    • 上茶安別小中学校(2002年3月31日閉校)
    • 久著呂中央(くちょろちゅうおう)小中学校(2015年3月31日閉校)
    • 阿歴内(あれきない)小中学校(2016年3月31日閉校)

交通

標茶駅
標茶駅
標茶ハイヤーの車両
標茶ハイヤーの車両
2枚の画像

通信・放送

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

標茶町郷土館
標茶町郷土館
塘路湖エコミュージアムセンター
塘路湖エコミュージアムセンター
2枚の画像

文化財

天然記念物

  • 釧路湿原
標茶町指定天然記念物
  • エゾカオジロトンボ
  • ゴトウアカメイトトンボ
  • キタサンショウウオ
  • サルルン沼一帯のエゾカオジロトンボ等生息地
  • ベニバナヤマシャクヤク

その他

  • 北海道集治監釧路分監本館 - 標茶町指定有形文化財(建造物)
  • 旧塘路駅逓 - 標茶町指定有形文化財(建造物)
  • 標茶町二つ山遺跡第1地点出土品273点 - 標茶町指定有形文化財(美術工芸品)

レジャー

観光

温泉

町内には各所で温泉が湧出し、日本有数の温泉湧出量を誇る。 町民の憩いの場としても利用されているが、他地区の温泉と比べて特徴が無いためか、廃業した温泉も多い。

祭り

  • 春のコッタロ祭り

出身有名人

標茶町が舞台の作品

21の言語

ウィキペディアのテキスト、CC BY-SA 4.0 · 元の記事