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日本のラグビーユニオン選手

箕内拓郎

基本情報

生年月日1975年12月11日
出身校関東学院大学
職業ラグビーユニオン選手
出生地北九州市
インフォボックスの全データ 16
生年月日
1975年12月11日(50歳)
出身地
日本 福岡県北九州市
身長
1.87 m (6 ft 1+1⁄2 in)
体重
106 kg (16 st 10 lb)
学校
八幡高校
大学
関東学院大学オックスフォード大学
愛称
ミウ
ポジション
ナンバーエイト、フランカー
年
チーム
1991-1994 1994-1998 1998-1999
八幡高校関東学院大学オックスフォード大学
年
チーム
1999-2009 2010-2014
NECNTTドコモ
年
チーム
2002-2008
日本
年
チーム
2014-20162017-2023
NTTドコモ日野RD

箕内 拓郎(みうち たくろう、1975年12月11日 - )は、日本のラグビー指導者。元ラグビー日本代表選手。2020年から2023年3月まで、ジャパンラグビーリーグワン日野レッドドルフィンズのヘッドコーチを務めた。

プロフィール

主な経歴

6歳でラグビーを始める。八幡高では1年時のFB・SOを経て2年からNo8に転向した。

関東学院大学では2年時からレギュラーに定着。4年時に主将を務め、大学選手権で初優勝を果たす。

卒業後にオックスフォード大学へ留学。98年12月にケンブリッジ大学との定期戦「バーシティ・マッチ」に出場し、「ブルー」の称号を得た。(日本人では林敏之以来2人目)

1999年、NECに入社。2000年4月から3ヶ月間、イタリア・セリエA2のラグビーパエゼでプレーした。

トップリーグが開幕すると、第1回マイクロソフトカップ優勝に導きMVPを獲得。

2002年のロシア戦で日本代表初キャップ獲得と同時に主将に就任。日本代表出場48試合のうち、45試合でキャプテンを務めた。大柄な体格から「ミスター・キャプテン」と呼ばれた。

2006年12月3日に英国レスターで行われた南アフリカ代表海外遠征100周年記念試合に世界選抜の一員として選ばれ出場した。

2006年以降、代表の主将を大畑大介に譲ったが、2007年ワールドカップ直前に大畑が故障により離脱したため、2大会連続で主将を務めた。

2010年春にトップリーグ下部(トップウェスト)に所属するNTTドコモレッドハリケーンズに移籍。 10年度の入替戦に勝利しチームのトップリーグ昇格に貢献した。

2014年のリーグ開幕前の練習試合で両目を痛めて水晶体亜脱臼を発症し、両目の水晶体を摘出して人工レンズを入れる手術を受け、ドクターストップを受けたことにより現役を引退。その後はNTTドコモのFWコーチを務めることが発表された。

2015年のラグビーワールドカップでは、J SPORTSの試合中継の解説者を務めている。

2017年、日野レッドドルフィンズのFWコーチに就任。2020年、同チームヘッドコーチに昇格。

2023年3月31日、日野レッドドルフィンズのヘッドコーチを退任した。

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