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男性である親

父親

父親

父親(ちちおや、英: father ファーザー)とは、男親のことである。対語は母親。

呼び方については、論文が数十本ほど書ける量の記述が必要で、かなりの長文になるので後述

概説

父と子を描いた油絵
父と子を描いた油絵
父と子
父と子
父親と娘
父親と娘
父親と子供2人(日本人)
父親と子供2人(日本人)
父親の日の昼食(アメリカ人)
父親の日の昼食(アメリカ人)
父親と子供3人(アメリカ人)
父親と子供3人(アメリカ人)
カリブ海地域の父と娘
カリブ海地域の父と娘
南モロッコの遊牧民の父と子
南モロッコの遊牧民の父と子
父親と子 (バングラデシュ人)
父親と子 (バングラデシュ人)
9枚の画像
父と子の関係、役割

父と子の人間関係は、人において父親が果たす役割の1つであり、重要なものである。父親あるいは「お父さん」は、子供の生物学的な父親であるとは限らず、義理の父親を真の父親ないし「お父さん」と見なす子供もいる。

たいていの父親は、子供を保護し、支持し、子供に責任を持つ。また、多くの有意義な利益を、子供に与える。それと同時に、地域社会や自分自身にも利益を与える。子供に関与する父親は、息子や娘の各成長段階で、その発達に対して独特の貢献をする。それは逆に自分自身にも良い影響を与える。

活動的な父親の姿は、少年の問題行動を減らし少女の精神的な問題を減らす上で、鍵となる重要な役割を果たす。例えば、父親と接触している子供は、認知発達評価のより高い成績を示し、より良好な対人的スキルを持ち、問題行動がより少ない傾向にあるということが、ある研究によって示された。 父と子の関与の度合いが増すと、子供の対人的安定性が増し、教育の成績が向上し、大人になってから安定した結婚生活を維持する能力が増える傾向にあるということも示された。

父親無しに育てられた子供たちは、父親のいる家庭で育てられた同僚よりも、自分自身の認知能力や身体能力が低いと感じる傾向が認められる。父親の関与無しに子供を育てる母親は、子供とより激しい喧嘩をする傾向にあることが報告されている。父親抜きで育てられた男の子は、より女性的になるが、性役割行動の男らしさはむしろ増大するといわれる。

人類学者のMaurice Godelierによれば、人間の男性が果たす親の役割は、人間に最も近い種であるチンパンジーやボノボとは決定的に異なっている。チンパンジーやボノボでは、父親としての役割は全く見られない。猫においてもほとんど見られない。

ギャラリー

呼び方

普通名詞として呼ぶ呼び方と、幼児が自分の父親を呼ぶ呼び方、人が青年期以降に自分の父親として呼ぶ呼び方は区別されている。


英語圏のパパとママの用法については、ママとパパも参照。 パピー、ポップとも言う。

日本国内での呼び方

父親(や母親)の呼び方は、次のような変化や差異があるので区別すべきだと学者がたびたび指摘している。

  • (1) 時代とともに変化してきている。たとえば古代、上代、中世、近世、近代、現代と変化してきている。これはいくつかの論文で指摘されている。現代はさらに細かく、昭和期、平成期、令和期あるいは具体的な年を明記した調査が行われ論文が書かれている。
  • (2) 地域差がある。東北、関東、関西、中国、九州地方などそれぞれの地域で、父親の呼ばれ方に明らかな差異がある。
  • (3) 呼ぶ人(呼ぶ側)の年令帯や性別によっても変化する。現代の東京の男性に限っても、幼児期では自分の父親を「パパ」と呼ぶ人の割合が多い → 青年期以降「おとーさん」と呼ぶ人の割合が多い、というような変化が起きる。一部の男性は、青年期以降は「オヤジ」と呼ぶようになるが、幼児は自分の父親を「オヤジ」とは呼ばない。

「お父さん」と一般には呼び、親しみをこめて「とうさん」「とうちゃん」「親父」(おやじ)などと呼ばれる場合もある。日本語においてこれらの呼称は、養父など社会的な父親、すなわち文化人類学で言うところのペイター(pater)であるか、生物学的な遺伝的な意味での父親であるジェニター(genitor)であるかとは無関係に用いられる。「お父さん」という呼称は、

  1. 子が父親に呼びかけるとき
  2. 父親が子に対して自分のことを指して言うとき
  3. 妻が夫を言う際に、子の父親として言うとき
  4. 一家の主人として呼ぶとき
  5. 会話で他人の父親に言及する場合。「〜のお父さん」

にも用いられる。2、3の場合は、話者が子の立場に自らを擬して言うという特徴がある。5の場合、おじ(いとこのお父さん)やいとこおじ(はとこのお父さん)など傍系尊属に当たる男性を指す場合もある。

現代の日本国内の地域差

東京ではパパと呼ぶのが普通である。 近畿地方では「おとうちゃん」が普通である。なおパパの語源はローマ教皇を表すPope(英)と同じでありギリシャ語 παππας(pappas) → ラテン語 papa → Popeとなる。地方の特定の方言圏では「とうちゃん」、近世語では「とと様」等もあるが、「ちちちゃん」や「ととちゃん」はない。

キリスト教での呼び方

キリスト教においては神は「父」と呼ばれる。ヘブライ語の「アッバ」(「父ちゃん」「パパ」の意)という幼児語が当てられており、畏怖の対象というより親しい存在とされている。


比喩「○○の父」

原義から転じて、比喩的に、次のような役割を果たした男性を「○○の父」と呼ぶことがある。

  • 国家の独立を実現した男性
  • 宗教・宗派を打ち立てた男性
  • あるものを創造、発明した男性

父親をテーマとした作品

父親をテーマ(あるいはモチーフ)とした作品を挙げる。併せて番組も挙げる。古いほうから順に整列する。

  • ソポクレス『オイディプス王』(紀元前430年ころ) ─ 実の父親を殺害してしまうというギリシャ悲劇の代表作
  • シェイクスピア『ハムレット』(1601年ころ)─ 亡き父である国王の亡霊から復讐を託される王子の苦悩を描いた戯曲
  • シェイクスピア『リア王』(1605年〜1606年) ─ 権力を手放すことになった老王が、甘言を弄する上の娘たちに裏切られ、勘当した末娘の真実の愛に気づくも時すでに遅く破滅する悲劇
  • オノレ・ド・バルザック『ゴリオ爺さん』(1835年) ─ 二人の娘を溺愛するあまり、自分のすべてを捧げて破滅していく父親の悲劇を描いたフランス文学の傑作
  • ツルゲーネフ『父と子』(1862年)─ 旧世代の自由主義的な父親たちと、あらゆる権威を否定する新世代のニヒリストである息子との思想的・世代的な断絶と和解を描く
  • ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(1880年) ─ 強欲で放蕩な父親フョードル・カラマーゾフの殺害をめぐる、息子たちの葛藤を描いたロシア文学の傑作
  • パブロ・ピカソ『父の肖像』(1918年) ─ ピカソが自身の父親であるドン・ホセ・ルイス・イ・ブラスコを描いた絵画作品
  • 麻生豊作画の漫画『ノンキナトウサン』(1923年〜)
  • 小津安二郎監督『父ありき』(1942年) ─ 釣りや対話を通じて寡黙な父と息子が心を通わせ合う深い愛情と哀愁を描く
  • 小津安二郎監督『晩春』(1949年) ─ 妻を亡くした父と、父を一人にすることを恐れて結婚をためらう娘の、穏やかで切ない心理的葛藤と別離を描く
  • 小津安二郎監督『東京物語』(1953年) ─ 東京に出た子どもたちの生活に遠慮し、時代とともに希薄になっていく家族の絆や、老いる親と子の間の間に生じる、気まずさと寂しさが描かれる
  • アーサー・ミラー『セールスマンの死』(1949年) ─ アメリカンドリームの幻想にしがみつく父親と、その期待に押しつぶされ反発しながらも呪縛から逃れられない息子たちの歪んだ愛憎を描く
  • 子母澤寛『父子鷹』(小説は1955年〜1956年)、およびそれを原作とした映画(1956年)
  • 映画『浪曲子守唄』(1966年)
  • 漫画、アニメ『天才バカボン』(漫画は1967年〜)
  • 漫画『ダメおやじ』(1970年〜)
  • 劇画『子連れ狼』(劇画は1970年〜)、およびそれを原作とした映画作品(多数)やテレビ番組(多数) ─ 主人公の拝一刀(おがみ いっとう)は裏柳生により一族を惨殺され公儀介錯人の職も追われ、まだ物心つく前の息子・大五郎に「手毬」か「刀」を選ばせることで生きる道を自ら選択させ、刀を選んだ大五郎と共に刺客として修羅の道(冥府魔道)を進む、父と子の宿命的な繋がりを描く作品。
  • 池波正太郎『剣客商売』(1972年〜)
  • ラジオ番組『いすゞ お父さん・お母さんへの手紙』(1979年)
  • さだまさしの楽曲「親父の一番長い日」(1979年)、およびそのテレビドラマ化(1989年)
  • 楽曲「父子星」(1980年)
  • 漫画『減点パパ』(1980年〜)
  • テレビドラマ『おやこ刑事』(1983年〜)
  • 漫画『クッキングパパ』(1984年〜)
  • テレビドラマ『おかしな刑事』(2003年〜)
  • 「YAKUSOKU 〜父に送る手紙〜」(2006年)
  • 是枝裕和監督映画『そして父になる』(2013年)
  • テレビドラマ『おやじの背中』(2014年〜)
  • 『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』(原作エッセイは2014年)
関連項目
  • タイトルに「父親」を含むページの一覧
  • タイトルに「父」を含むページの一覧

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