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平安時代中期の貴族。源扶義の長男。四位・近衛中将、左近将監、兵庫助、兵部丞。近江佐々木氏の祖・初代。子に源成経(志賀氏の祖)、頼禅(興福寺、大乗院、長谷寺別当)、斉頼

源成頼

源成頼

基本情報

生年月日976
死亡年月日1003年9月5日
職業侍
配偶者菅野敦頼の娘 (源成頼の妻)
公職大名
インフォボックスの全データ 11
時代
平安時代中期
生誕
天延4年/貞元元年(976年)
死没
長保5年8月7日(1003年9月5日)
別名
佐々木成頼
官位
四位、近衛中将
主君
一条天皇
氏族
宇多源氏
父母
父:源扶義母:源是輔の娘
兄弟
成頼、経頼、藤原兼隆正室、延尋、簾子、上東門院小少将
妻
菅野敦頼の娘
子
佐々木義経、宗頼、成経

源 成頼(みなもと の なりより)は、平安時代中期の貴族。宇多源氏、参議・源扶義の長男。官位は四位・近衛中将。古くから佐々木氏の祖とされ佐々木成頼とも記される。

経歴

『尊卑分脈』によると、左近衛将監・兵庫助を歴任し、位階は従五位下であったとされるが、外祖父とも目される藤原行成の日記『権記』によると「中将成頼朝臣」との表現があり、四位・近衛中将に至ったと想定される。長保5年(1003年)8月7日卒去。享年28。

『尊卑分脈』を始めとする各種系図では近江国佐々木庄に居住し佐々木氏の祖となったされる。一方で、明治時代以降提唱されている佐々木氏の出自を古代豪族の沙沙貴山君に求める説では、佐々木氏祖の成頼と宇多源氏の成頼は同時代の同名異人である可能性を指摘している。

弓馬も嗜んだという。

系譜

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