隋代
589年(開皇9年)、隋が南朝陳を滅ぼすと、臨川郡は廃止されて撫州が置かれた。607年(大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、撫州は臨川郡と改称され、下部に4県を管轄した。隋代の行政区分に関しては下表を参照。
明代以降
明のとき、撫州府は江西省に属し、臨川・崇仁・金渓・宜黄・楽安・東郷の6県を管轄した。
清のとき、撫州府は江西省に属し、臨川・崇仁・金渓・宜黄・楽安・東郷の6県を管轄した。
1913年、中華民国により撫州府は廃止された。
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