
概要
生涯
幕末期は攘夷派公卿として幕府に建言していたが、八月十八日の政変によって失脚し、長州藩、次いで太宰府に移った。このため一時官位を剥奪されている。慶応3年12月(1868年1月)の王政復古で討幕派が朝廷の実権を握ると京に戻って官位を復され、戊辰戦争では中国四国追討総督・大総督宮参謀・仙台追討総督・奥羽追討平潟口総督などを務め、明治2年6月(1869年)、維新の功績により永世禄300石を与えられ、同年7月に陸軍少将に任ぜられる。
明治5年1月(1872年)には大阪鎮台司令長官に就任、新暦1874年(明治7年)4月に名古屋鎮台司令長官に移るが、1877年(明治10年)5月には大阪鎮台司令長官を兼ねた(同年10月に兼職を免ぜられる)。1880年(明治13年)の仙台鎮台司令長官を経た後、1881年(明治14年)2月に陸軍中将に昇り元老院議官に就任する。1884年(明治17年)7月に伯爵、1891年(明治24年)4月23日に侯爵に陞爵し、貴族院侯爵議員となる。1893年(明治26年)12月、予備役。1898年(明治31年)11月薨去。墓所は妙傳寺。
年譜
- 文久2年(1862年)10月 侍従
- 明治元年(1868年)1月 中国四国追討総督
- 明治2年(1869年)7月 陸軍少将
- 明治4年(1871年)10月 大坂鎮台出張
- 明治5年(1872年)1月 大坂鎮台司令長官
- 1874年(明治7年)4月 名古屋鎮台司令長官
- 1877年(明治10年)5月 兼大坂鎮台司令長官(- 同年10月)
- 1879年(明治12年)9月 名古屋鎮台司令官
- 1880年(明治13年)4月 仙台鎮台司令官(- 1881年2月)
- 1881年(明治14年)2月 陸軍中将、元老院議官(- 1883年6月)。
- 1884年(明治17年)7月 伯爵
- 1888年(明治21年)12月 休職
- 1891年(明治24年)4月 侯爵、貴族院議員(- 1898年11月)。
- 1893年(明治26年)12月 予備役
