歴史
創業とスクーターの製造
ヘイワード・パウエルとチャニング・パウエルの兄弟は、1920年代半ばにラジオの製造を始め、1926年にパウエル・マニュファクチャリング・カンパニーを設立した。ラジオ事業から撤退したのち、1930年代半ばからスクーターの製造に進出した。
第二次世界大戦中は軍需品の製造を行い、戦後にはC-47、P-48、P-49などのスクーターを製造した。1949年には小型オートバイのP-81を発売した。
パウエル製スクーターは日本のスクーター開発にも影響を与えた。旧中島飛行機を前身とする富士産業は、アメリカ軍が使用していたパウエル製スクーターを参考に、1946年6月に最初のラビットスクーターを完成させたとされる。富士産業の後身であるSUBARUの社史でも、1946年にラビットスクーターの第1号車が完成したことが記録されている。
自動車の製造
パウエルは1954年から1957年にかけて「スポートワゴン」と呼ばれるピックアップトラックとステーションワゴンを製造した。
スポートワゴンは、廃車となった1941年型プリムスのシャシーやエンジンなどを再利用し、新しく製造した車体を組み合わせて生産された。ピックアップトラックの荷台側面には、釣りざおなどの長い物を収納するための引き出し式収納スペースが設けられていた。
生産台数については資料によって差があるが、パウエル・スポートワゴン・レジストリではピックアップトラックが1,020台、ステーションワゴンが約150台とされている。一方、約1,200台のピックアップトラックと約300台のステーションワゴンが製造されたとする資料もある。
後年
1960年代に会社はパウエル・ブラザーズへ改組され、「パウエル・チャレンジャー」と呼ばれるトレールバイクや小型オートバイを製造した。
創業者の一人であるヘイワード・パウエルが1978年に死去し、チャニング・パウエルが引退したのち、会社は1979年に事業を終了した。
製品
スクーターおよびオートバイ
- パウエル・ストリームライナー
- C-47
- P-48
- P-49
- P-81
- パウエル・チャレンジャー
自動車
- スポートワゴン
- ピックアップトラック
- ステーションワゴン
