古代エジプト第18王朝 第9代ファラオ
アメンホテプ3世
基本情報
生年月日1400 BC
死亡年月日1351 BC
職業統治者, 建築家
出生地エジプト
死没地マルカタ
配偶者ティイ
インフォボックスの全データ 10
- 統治期間
- 紀元前1386年 - 紀元前1349年、または紀元前1388年 - 紀元前1351年,第18王朝
- 前王
- トトメス4世
- 次王
- アメンホテプ4世
- 配偶者
- ティイネフェルティティタドゥキパギルヒパ
- 子息
- トトメスアメンホテプ4世スメンクカーラー?
- 子女
- スィトアムンイシトヘヌトタネブネベトイアハベケトアテン
- 父
- トトメス4世
- 母
- ムテムウィヤ
- 死去
- 紀元前1351/49年
- 埋葬地
- WV22
アメンホテプ3世(英: Amenhotep III)は、古代エジプト第18王朝の第9代ファラオ(王)(在位:紀元前1386年 - 紀元前1349年、または紀元前1388年 - 紀元前1351年)。即位名はネブマアトラー。「真実の主はラーなり」の意。正妻はティイ。子はアメンホテプ4世など。
トトメス3世、トトメス4世の時代を経て絶頂に達した王国を継承した。在位期間も長く、40年近くに及んだ。アメン神を崇敬すること篤く、テーベにカルナックのアメン神殿と直結する分神殿としてルクソール神殿を建設している。このほか、同地に広大な自身の葬祭殿も建設している。葬祭殿は後に後代の王たちによって破壊されたが、メムノンの巨像と呼ばれる彼の坐像は破壊されずに残り、現在でも形をとどめている。
アメンホテプ3世のミイラ
アメンホテプ3世のミイラは、1898年に王家の谷、KV35で発見された。元々はKV22号墓に埋葬されていたが、棺や棺の中の副葬品諸共に発見された。
ミイラの状態は普通だが、頭蓋が胴体から外れている。また、頭蓋骨の鑑定の結果、深刻な歯周病を患っていた可能性が指摘された。
また、棺の中から大量の花輪が発見されており、首に花輪を掛けた状態で埋葬されていたことが判明している。
后妃・子女
- 妻
- ティイ(ヒエログリフ: <-𓍘𓇌𓏭𓀰->、英語: Tiye) - 第一王妃。神官イウヤとチュウヤの娘、アイの妹。
- ネフェルティティ(ヒエログリフ: <-𓏏:𓈖:𓇳-𓇋𓄤𓄤𓄤𓄤𓇍-𓏏:𓏭-𓀭->) - 大神官アイ(Ay)と妻テイ(ヒエログリフ: <-𓍘𓇌𓀰->、英: Tey)の娘。のちアクエンアテン王妃。古代エジプト三大美女の一人と言われる。
- タドゥキパ(Tadukhipa) - ミタンニ王トゥシュラッタの王女。のちアクエンアテンと再婚。キヤ(ヒエログリフ: <-𓎡:𓏭-𓄿𓀭->、英: KiYa)あるいはネフェルティティと同一人物とする説あり。
- ギルヒパ(Gilukhipa) - ミタンニ王シュッタルナ2世(Shuttarna II)の王女。
- スィトアムン(Sitamun) - 実の娘(母はティイ)。
- イシト(Iset) - 実の娘(母はティイ)。
- 子
- トトメス(Tuthmose) - 長男。プタハ大祭司。母はティイ。
- アメンホテプ4世 - 別名アクエンアテン。母はティイ。
- スメンクカーラー - 母は不明。アクエンアテンの息子とする説もあり。ネフェルネフェルアテンの次のファラオ。
- スィトアムン(Sitamun) - 長女。母はティイ。父アメンホテプ3世の妃となる。
- イシト(Iset) - 次女。母はティイ。父アメンホテプ3世の妃となる。
- ヘヌトタネブ(Henuttaneb) - 三女。母はティイ。
- ネベトイアハ(Nebetah) - 四女。母はティイ。
- ベケトアテン(Beketaten) - 五女。母はティイ。
文献
- エイダン・ドトソン+デイアン・ヒルトン著『エジプト歴代王朝史』東洋書林、2012年。ISBN 9784887217980。
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